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行く先不明の競馬blog

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q EVANGELION:3.0 YOU CAN (NOT) REDO.

ミテキタ。感想を書くとネタヴァレの嵐になってしまいそうなのでここで予防線を張る。好意的な感想は書きません。否定的な感想を読みなくない人は読まないで。読んでむかついてもコメントしないでめんどくさいからおねがい。

















さて、書くぞ、読んでも責任持たいないからな。予防線張ったぞ。



感想 何じゃコりゃの嵐。既視感ありありとかいう前に「またこれかとか言う前に」

21世紀にもなってまだこの段階やってんの?

という感アリアリであった。っていうか、俺ラーゼフォン見たくて映画館行ったんじゃないんだからいい加減にしてくれ。そういうのやりたいならヤマトと監督交代しろ。それは出渕の領分だろおい。あと、前田真宏マターなのかもしれんが前半が延々劇場版「万能戦艦ニューノーチラス号」なのはなんとかならんのか。鷺巣詩郎作曲のニューノーチラス号のライトモチーフが延々と変奏されながら流れる映画館内で「なんでナディアが始まってんだよこれ」とか思ったわさマジで。シンジがネルフに戻ってからは延々とTV版の初期4話くらいのテーマ設定の焼き直しが続くという謎展開。いやそこの部分はもうさんざ見せてもらったから! 更にカヲルくんがシンジに世界を見せるシーンとかまるっきりナディアそのまんま。80年代まで表現退行すんなよお前らは! 


というわけで、肝心の映画の中身は30分1本で足りるようなシロモノだった上に(そもそもこれは「劇場版最後のシ者」だ)、出てくる表現が全部手垢のついた代物(しかもわざとやっている)というよくわからない作品。それが新エヴァQだった。ストーリーとか変えたって表現として同じ事やったらそれはわかるよ。こっちはリメイクされる際の新表現見に行ってるわけで、あらたなる謎なのストーリーだの見に行ってるわけじゃないんで。そういうのは「普通の新作映画」を見に行けばいいんで。そういう意味で、非常にひっくり返った、そういう作品であった。


それはさておき。わけがわからないのが物語である。ここから本格的にネタバレ。ネタバレ嫌いな人は読まんほうがいいぞ!

冒頭、訳の分からない作戦を展開しているアスカとマリの描写から入る。敵はATフィールドを展開するので使徒らしいのだが、説明がないのでなにがなんだかわからないまま戦闘が終わる。突然シンジくん登場。なぜかミサトさんがニューノーチラス号を指揮していて乗組員も知らん奴ばっかである。海が赤いし凍っているので南極とわかるが、何をやっているのかはさっぱりわからない。ニューノーチラス号を始動させようとしているらしいことは劇伴から確かにわかるが、なんでいきなりニューノーチラス号の艦内なのということはよくわからない。発進するとジブリメカっぽいブンダーという万能戦艦らしいことがわかるが、ブンダーが使徒をやっつけてめでたしめでたし。っていうか、凄く「絵空事」チックなメカ描写になっていてたまげる。なぜか14年経っているといわれて「ラーゼフォンかよ!」とたまげるシンジ。しかも、我々はネルフと戦っているといわれて更に訳がわからない。アスカがやってくるが、旧劇場版の負傷をした「14年前」のままの姿のアスカだ。レイの乗るエヴァがやってきてシンジを連れて行く。このレイは9thチルドレンらしい。すでにネルフ本部にはカヲルくんがいてコンニチハ。カヲルくんになつくシンジだが、カヲルくんもやはり14年後のカヲルくんであって、シンジにすでにサードインパクトが起きたこと、その原因がシンジの乗る初号機にあったことをかなり厳しく示す。なんだよくわからないまま絶望するシンジ。なぜかセントラルドグマに降りていくことになり(作戦なのかどうかも不明)そこには「まごころを、君に」にしか出てきていないはずのアイテムが山のように遺棄されている。たとえば、巨大化した綾波であったり、ダミープラグを搭載した量産機であったりする。セントルドグマの最深部で「槍」を発見するカヲルとシンジだったが、槍は何者かにすり替えられていた。フォースインパクトを防ぐために自ら命を断つカヲル。ラストはやはり「まごころを君に」のラストのカット割りを再現した展開になりつつも、生き残るために3人で歩き出す描写で「つづく」 何故か予告が量産型エヴァ対アスカ機! いやそれ、この展開には繋がらないから!

ハッキリ言って、序にも破にも全くつながらない展開である。いきなりシンジが目覚めるとラーゼフォン的な世界でニューノーチラス号の起動に付き合わされるという、これで「今まであなたが現実だと思っていた世界はコンピューターが作った仮想現実だったのよ」とか言われたらどうしようかと思ったが、そこまではやらなかった。が、どうしたってこれ繋がらないだろ。14年後は14年後でいいが、テクノリジーがSFチックにどーんと進んでいるというのはどうにかなかったのかこれ? 序でカヲルくんだけがどうやら「旧世紀」からのキャラクターの引き続きであるらしいことが示されていたのに、ここでいきなり死んじゃうからそれもナシ。っていうか、破のラストでロンギヌスの槍で初号機串刺しになったからサードインパクトは回避できたんじゃねーの? なんで「サードインパクトが起きた」時系列で繋いであるんだこれ。さらに、眼帯アスカ、しかも年齢の整合性がない、の登場。


理路整然と考えると、これ、「序破」シンジが、「まごころを、君に」から14年後でかつ、人類が全滅していないパターンのストーリーライン上の世界で目覚めてしまったような先での出来事と考えるしかない。なんだそれは。

単純に考えると、序は単独の物語 破も単独の物語、Qも単独の物語であって相互に関連性はない、と考えるのが正しいのかもしれないと思う。続編と考える自体が誤りであって、姉妹編と見るべき。そうすれば、まぁ、納得できるかも、みたいな。


TVシリーズのEVAも不思議な作品で、「男の戦い」までは連続したストーリーがあるのだけど、20話以降は各話完結で相互に関連性のないエピソードの羅列で終わってしまうという不思議な物語だった。だから、19話までやった「破」の続きである「Q」に語るべき物語はないだろうと思っていたのだけど、まさか、「まごころを、君に」の直接の続編になるとは夢にも思わなかった。いやなんというか、変な映画を見た。そういう感想である。しかしなぁ。。。。


「ガキシンジ」ってのは、14年後に「子供の頃のままのシンジ」と再会したことへのアスカの苛立ちなんだろ。あるいは、本当の綾波レイが初号機に封じ込められたままであるように、本当のシンジ「オトナシンジ」はまだLCLに溶けたままという伏線なおかも知れない。次でそのことを知らされたシンジが「僕は本物の僕じゃなかったのか!」って驚く展開なのか?なにその「オブライエンの孤独」は。。。そういうのはもう今更やめようよ。。。。

と、いろいろ語って終わる。炎上マーケティングなのでしょうか。